新しい施設に移って7ヶ月、母の状態はアップダウンを繰り返していたが職員に対する暴力、暴言がエスカレートし手におえなくなると親身に対応してくれた施設から入院をほのめかされた。絶望的な気分で病院に行き先生に症状を説明したところ先生から「入院」と言う言葉と「精神科」と言う言葉を聞かされた。
全力でそれは避けたかった私は無理矢理、新しい薬を処方して貰い泣きながら薬を持って施設に向かった。
薬は嘘のように効いた。施設の人の体験によると、もともと飲んでいた薬が違う種類の認知症に対する薬だったのでは。それが原因で暴言、暴力が行われたのではと言う見解だった。もちろん医者は認めない。ただ、それを今更どうこう言うつもりもない。もはや私が望むのは母の穏やかな生活だけだから。
穏やかにはなったものの認知症の進行は進む一方で、私が週1回施設を訪れても母は、ただ横になっているだけでほとんど反応がない状態が2ヶ月続いた。
ところが先日いつものように訪れた時、急に母が私の名前を呼んだ。名前を呼ばれる、ただそれだけのことが私にとって何にも勝るかけがえのないことだった。
母はもう歩くことはできない。トイレに行くこともできない。テレビを見ることもラジオを聴くことも本を読むことも何もできない。人はそれでも生きなければならない。悲しみと絶望と失望と諦めと戦っている母の姿を、私はこの目に焼き付けている。