88歳の母は認知症で今日も一緒に病院に行ってきた。攻撃性の高い発言が増えたので薬が増えた。母は日にちも時間も季節も場所も、これが何なのかも物の善悪も何もかも分からなくなっている。・・それって不安だろうな。だから身を守ろうと攻撃的になっているのかも。こうなる前の母は何でも自分でやって、慈悲深い温和な人だった。でも認知症は母に人を罵倒させ、うたぐり深くさせ、執念深く恨ませるたりする。そんな母を見ていると老いるという事はこうゆう事なんだと身をもって教えられている気がする。私がこう思えるようになるまでは様々な葛藤があった。困惑→苛立ち→回避→→→理解→受入。長い時間をかけて今は認知症と母を受け入れられるようになった。母は子供に戻った訳でもないし、脳死になった訳でもない。身体の機能が低下していく事が老いならば、老いの一つに過ぎない。母は笑う。冗談も言う。そんな普通の事を今は素晴らしいと思える。ありがたいと思える。それを認知症の母が私に教えてくれている。