先日再会がかなったO先輩。今日、フェイスブックに投稿されていて、コメントへのお返事も書かれていました。
私の知る先輩の人生は、過酷な物だったなぁ、と思うのです。昔の日比谷高校ですから、たいへんな秀才です。私が息子たちを出産した産院の院長先生も日比谷のご出身で、ひょんなことからO先輩の名前を出したら、「数学は学年トップだった。山岳部で山にのめり込んでいたからなぁ」 なんて話したのも思い出されました。
奥様に若い時に先立たれて、先輩は社長職の激務をしながら、残された二人のお子さんの子育てもされたのでした。当時、下のお嬢さんが高校1年になったばかり。帰宅が遅くなったり、学校に行ってなかったり、相当な心配とご苦労をされていたようです。山荘で、そんな話をしてくれました。
社長時代のお話は、夫や私には大きな励ましでした。
腹をくくって交渉する。もうどうにもならない状況でも、どこかに落としどころを探り、そこで手を打つしかない。納得してもらいたい、と頭を下げる・・・そんな経験談や、いろいろご苦労されたお話しもして下さいました。正論通りに解決される事ばかりでは無い。若かった夫と私にはとても勉強になりました。
90年を超える長い年月です。お子さんたちの身の振り方、老後のご自身の生活、そして骨折からコロナと続いた今の生活。想像しただけで、本当に山あり谷ありだったのだなぁ、と思うのです。
でも、コメントはとても前向きでした。
週に4回のリハビリや歩行訓練など、さぼらず毎回頑張っている。好きなラグビーチームのジャージも購入したそうで、それを着るのだそうです
意欲の源は何なのか。先日、私に「命が助かったのだから、、終わりの時まで、精一杯生きなくちゃ。もう死んでも良かったなんて言ったらバチが当たるよ。Junのお父様だって、私のワイフだって、どんなに生きたかったことか」とおっしゃった言葉が思い浮かびました。精一杯前向きに生きる姿は、亡くなられた奥様への愛なのかもしれません。改めて立派な方だなぁ、と思いました。
私の荷物(処分を迷っている物)の中に、眼内レンズの手術をした時に使った保護メガネがありました。白内障の手術をするYさんに聞いたら、買おうと思っているとのこと。差し上げて使っていただけることになりました。良かった!!
3月生まれの誕生会は8日の日曜日にすることにしました。今回は次男は欠席。代わりに弟が来ます。外食にしようかな、と言ったら、外食ばかりだから家が良い、と弟からのリクエスト。当事者の夫と三男は何でも良いよ、という返事。結局家でお祝いすることにしました。メニュー考えなくちゃ。
午後から1時間ゴルフの打ちっぱなし。その後支払い準備をしたり、合宿の下調べをしたり、あれこれしているうちに、夫が帰宅。強風だったけれど、無事にゴルフが出来たそうです。今回のコースは夫の高校の後輩が経営しているそうで、割引料金にゴルフボールのお土産までいただいてきました。コースもそこそこだし、近くの温泉に泊まってプレイしに行こう、と誘われました。実家からも近いし、チャンスがあれば行って見たいな。
以上、本日のあれこれでした。