教会の自主工事をしていると、牧師先生ご夫婦の暮らしぶり、日々のお二人の様子が垣間見えることが多々あります。
昨日は土曜日で私は奥様先生と一緒に一日作業をしていました。
先生は本日の礼拝準備や他に御用もあったようで、作業には加わりませんでした。
お昼は、教会(仮会堂です)に行き、他の皆さんとお昼をいただきました。
私はお弁当を持参しました。
牧師先生が、部屋にクーラーを入れておいて下さり、冷たい麦茶も持ってきてくださいました。そして、九州の先生のご実家が送って下さって、今朝届いた、というトウモロコシをゆでて、みんなに出して下さいました。
九州男児の先生が、トウモロコシをゆでたり、みんなの麦茶を朝から作って冷やしておいて下さったりするのもなんだか意外でした。奥様先生からは、自然にありがとう、という言葉が出てくるのも、とても新鮮に感じてしまいました。
本当に嬉しそうにおっしゃるのです。
先生ご夫婦の暮らしぶりは、簡素なのだ、と感じることが多々ありました。
美味しい!!と言いながら召し上がるトウモロコシ。毎年送ってくれるのだそうで、有難い、と話していました。私はリトリートの会で、食べ物一口一口を良く味わい、食べる、という黙食の経験をして、牧師先生ご夫婦の食との向き合い方が、それに近いものだ、と感じました。
送って下さった方の気持ちまで、一緒に味わう。私もご相伴にあずかり、先生が茹でて下さったのも含めて、しみじみと美味しいトウモロコシだと感じながらいただきました。
イエス様が神様に祈られた、主の祈り、というのがありますが、その中に「・・・われらの日用の糧を今日も与えたまえ・・・」という言葉があります。
日々の食事。イエス様の時代から、生きるための糧、食事を得られることが、どんなに有難いことか、この祈りを唱えるたびに思い至ります。
自分の食卓、食事はなんと豊かで恵まれているのか。牧師先生ご夫婦と一緒にトウモロコシを食べた時に、忘れてはいけない大切な事があるのを気づかされました。
改めて、丁寧に素材を調理して、心も身体も満たされる、そんな食卓にしたい、と思いました。それが本当のご馳走で、贅沢な物をいただくだけでは満たされない物もあるのだという事を深く感じた昨日のトウモロコシでした。
先生ご夫婦に、作業を通していろいろ学び、感銘を受けている私です。
さあ、美味しい食事を作りましょう。