うきうき家計簿
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追悼山行の日 jun 2026/10/10 20:49

今日は、日本山岳会信濃支部の方たちが企画した夫の追悼山行の日でした。
私は不参加のお返事をしていました。

朝、いつも通り家事をして、八百屋さんからお野菜を仕入れ、下処理して、いつものゴルフスクールに出かけました。レッスンが終わり、ランチをいただいていたら、ラインが入りました。夫の遭難現場に到着して、ケルンを積んで、そこにお花と缶ビール、それにカップの日本酒が供えられた写真でした。





5月、残雪期の山から、すっかり紅葉の山に変わっていました。

写真を見ているだけで、いろいろな想いがこみあげて、泣きそうでした。
赤岩尾根、もし参加していたとしても、歩けなかっただろうと思います。

笹薮とブッシュで下の方は見えなかったそうですが、かなり急峻だという事でした。来年のゴールデンウイークに、又下から登って西沢をつめてみる、ともおっしゃっていました。

沢山の方が、それぞれの方法で、夫の遭難死を納得し、そして癒されるために、いろいろな企画をして下さいます。多くの方たちとかかわらせていただき、また愛されていたのだな、と改めて感じます。

ただ、私の癒しは、そんな皆さんと共に行動することではないのです。それは私にとっては5月10日からの辛い時間をなぞることにもつながるのですから。

夫は天に帰り、神の御前でやすらかである。そして生かされている私は私らしく命を享受すること。これが、私の癒しの道筋で、信仰を深めていきたいと思うのです。

夫を思い出して下さり、偲んで下さること、慰霊しようと様々な会を開いて下さること、本当に有難く思います。どうぞ皆さんの上に、慰めと癒しがありますように。

お休みなさい。

[2]  jun  2026/10/11 08:36

ぎむれっとさん

お早うございます。夫は沢山の人と親しくしていただいて、愛されてもいたようです。
対外的には慕われていて、家の中では丸投げおじさん、と私から言われて、振り回されている、と不満にも思っていましたが、愛すべき性格、人間性の人だったのも事実でしょう。なんのかんのと言いながら、許してきたのですし、周りの方々にも恵まれていました。私を妻にしたことも含めて、幸せな人でした・・・(なんちゃって)

事故で遺体もミイラ状態でしたので、顔を見ることも、身体も靴を履いていた足先しか見えなかったので、実感が無くて、忽然と消えてしまったというような感じでしたが、それも半年近く過ぎて、漸く受け入れつつあります。二人で生きた45年を大切にしよう、と思います。ただ、こういう追悼行事などは、生々しく遭難当時が甦り、胸をえぐられるような苦痛があります。自分ファーストで、泣きたいときには泣いて、私なりに時間を重ねて行こうと思っています。

漸く、お天気が安定して、東京は今日も晴天です。気持ちが良いです。
歩いて散歩しながら教会に行ってきます。
どうぞ良い一日をお過ごしください。

[1]  ぎむれっと  2026/10/10 22:09

こんばんは。

それだけ愛されて素晴らしい方だったのですね。
そして素晴らしい伴侶に寂しいと言わしめる。
幸せですね。

でも、事故だから、junさんは色々考えたり想ったりしますよね。
感謝しつつも、心が掻き乱されるような。
涙は思う存分出してください!

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