marumikkuさん、ちゃいちゃいさん、チャオさん、ありがとうございます。
5月19日に前夜式、20日に告別式を終え、死亡してから10日たって、漸く骨になり、我が家に戻って来ました。
教会のキャパシティーもあり、家族葬という形で行いましたが、そうは言っても想像だにしなかった人数の方がお別れに来てくださり、ビックリしたのも事実です。
山岳会関係、高崎高校の関係、理科大山岳部や大学関係、建築科の友人や趣味のグルーブ、ホームコースのゴルフ仲間の方たち、そして仕事でのお付き合いのあった建築家の方たち、教会の方たち・・・本当に沢山の皆さんか、全国各地から駆けつけて下さいました。
こういう沢山の方たちとの関わりから透けて見えるのは、どれほどこれらの方たちから愛されていたか、そして支えていただいたのか、又少しでもお役に立ちたい、と一生懸命に取り組んできた夫の姿でした。与えられた役割をこなし、自分の趣味など楽しみも全てやり切った姿・・・人生を3倍速くらいのスピードで駆け抜けていったような気がします。
何故、どうして、と問うのを、私は封印します。それは神様がお定めになった、夫の人生の時なのですから。生まれるに時があり、死するに時がある。という伝道の書の言葉を改めて噛み締めました。旅立った夫は、神の御前で重荷をおろし、涙も苦しみも無い世界へと帰って行ったのでしょう。一粒の麦地に落ちて死なずば、ただ一つにて在らん。もし死なば、多くの実を結ぶべし、この聖句も頭に浮かびました。夫の死が単なる不運な悲しい山岳事故で終わるのではなくて、安全登山のさらなる実を結ぶ種になって欲しい、そして息子たちの人生の中に根を張り、豊かに実を結んで欲しい、と願いました。
そうは言っても、あなたは沢山の人から愛され、必要とされ、多くの場で活動して、評価され、充実した実りの多い人生だったでしょうけれど・・・家で支える私にしてみれば、裏方仕事の丸投げに応じ、心配もして、時にブレーキを掛けながら、振り回された感もあったのです。沢山、喧嘩もした私たち。
・・・それでも、私はもう少し、喧嘩しながら仲良くあなたと暮らしたかった。今月24日は結婚45周年だったのに!!!
早すぎるよ。イエティー。
そんな気持ちを抱きながらの今日、この時です。
事は成就した。わたしはアルファでありオメガである。初めであり、終わりである。・・・ ヨハネの黙示録
夫の地上での人生は終わり、また御前で始まる・・・
私たちの国籍は天にあります。
ピリピ人への手紙
さぁ、私は夫の分も長生きして、神様がお与え下さるこの世の時間を精一杯楽しみ、平凡な日常を感謝して過ごしましょう。